「・・・工藤くんなら今出てるけど。」

予定外の訪問者に灰原は不機嫌なそぶりを隠そうともしないでそう言った。

「わぁー久しぶりだねー哀ちゃんじゃないかぁー!」

窓からの侵入者は気持ち悪いほどの笑顔でそう言い放つ。灰原は一瞥しただけで、その言葉に対する返事は返さずに黙って本を読み続けた。しかし快斗の開けた窓から街灯の光が大量に差し込み、本に反射した光がまぶしく、灰原は本を読むことが困難だと判断した。ぱたん、と本を閉じ、立ち上がる。

「いつまでそこにいるつもりなの。ご近所さんが不審に思うでしょ。」

いっこうに窓から降りようとしない快斗にそう言う。この男が非常識なのは重々承知だが、もう少しまわりのことを考えて行動して欲しい、とそう思う。灰原に言わせればこの、黒羽快斗こと怪盗キッドはこの世に生を受けることを許されない部類の人間らしい。以前そのことを本人に言ったら一週間口を聞いてくれなかった。彼女自身はそれでいっこうに構わなかったのだが、快斗が先に折れた。結局、彼は彼女が大好きなのだ。二番目に。

「工藤くん、今日帰り遅いわよ。」
「んー。そうなんだ。」
「・・・工藤くんに用なんでしょ?」

そう灰原が言うと快斗は驚いた様に目を見開き、にっこりと笑った。




「志保も好きだよ?」




ひた、と見据えられる視線。ずらさない。

「私はあなたよりは工藤くんの方が好きよ。」
「お、気が合うねぇ♪俺も一番は新一。」

灰原はいつも、この男はどこまで本気なのかわからない、と思う。大体、工藤くんが一番好きなら同じように思ってる自分は普通邪魔なのではないか。ちらり、と快斗の方に目線をやると、こちらの方はおかまいなしと言わんばかりに好き勝手絶頂に遊んでいた。

「勝手に散らかさないでくれる・・・?」
「ぇ、いいじゃん別に、ここ新一の部屋だろ?」
「私の部屋よ。」
「そーなの?」
「何で博士の家に工藤くんの部屋があるのよ。」
「よく泊まったりすんだろ?だったら部屋くらいあんだろ。」
「なんでよ。」
「普通に考えてそうじゃん?」

会話が噛み合わない。疲れる。何が悲しくて私は彼と二人になんなきゃいけないのかしら、と灰原は本日二度目となるため息をついた。はたからみればこの二人の組み合わせはどう見えるんだろうか。十六歳の少年と見た目は六歳前後の少女。十歳差。
窓からは満月を拝むことができた。月明かりが突然強くなったような気がして灰原は驚いたが、そんなことあるわけがないとすぐにそれから目をそらした。きっとこの男の白いマントに反射して、いつもより強い光のように見えたんだろう。

「仕事帰り?」
「いんやこのまま一件お片付けにいってきます。」
「先に来たら工藤くんに阻止されるわよ。」
「だから今日来たんだよ。」

無駄に明るい街灯と、月明かりと、鈍い色のスタンドがこの部屋の照明だ。灰原はやたら濃い影を作る快斗が、工藤新一と重なって見えて、そう見えてしまう自分に嫌気がさした。

「今日は志保に会いに来たのに。」
「・・・何で。」
「お互いの叶わぬ願いを間違った方向に向けるために?」

馬鹿。
そう言ったつもりだったのに喉から出てきたのはなんでもない呼吸に等しいただの息で。灰原は目の前の男を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたと同時にそのまま流されてしまいたいという願望を感じた。流されたって何も始まらないのに。

「よっきゅーふまーん。」
「・・・小学一年生の女の子に向かって何言ってんの?」
「でもほんとは84歳なんでしょ?」
「さぁ、どうかしら。」
「なぁ、」


欲求不満なのは、どっちだろうな。


気持ち悪い。
灰原が最初に思ったのはこれだった。快斗の顔がぼやけて見える。別に視界がぼやけてるとか彼と灰原の間に何かあるわけでもなくて。ただ、二人の間が近すぎるだけ。
唇にあたる他人のそれが思ったよりやわらかくてそこに灰原は驚いた。抵抗するのも面倒になって好きにさせているとやわらかさに驚いたその唇よりもさらにやわらかい何かが灰原の唇をかすめて、ゆっくりと離れた。

「・・・っかしーな。」

納得がいかないとでも言いたげな顔で快斗はそう言った。

「何がよ。」
「かけらも満たされそうにないんだけど。」
「私もあなたも工藤くんじゃないわ。」
「えーでも俺志保新一の次に好きなんだけど。」

ふ、と蔑みを含んだ笑みで灰原は笑う。












「工藤くんと私の間にどれだけ差があると思ってるの?」












「ー、確かにな。」

快斗も同じ顔で笑った。






同じ世界の住人たち






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